不動産鑑定評価の問題点21 合理的期待と適応的期待、不動産市場はいずれか

平成14年に改正された不動産鑑定評価基準(以下、基準という。)では、「正常価格とは、市場性を有する不動産について、現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格」と定義を変更しているが、その内容は、それまでの基準の正常価格の定義と本質的に変わっていない。(正常価格について参照)

正常価格の定義に記載されている市場参加者は、「慎重かつ賢明に予測」し、「通常の知識や情報を得ている」ことが前提とされている。

ここで、賢明に予測するということは、その時点において得られる情報集合を利用して将来に対する期待および予想をおこなうことを意味しており、その期待の概念には、近代経済学では「静的期待」「適応的期待」「合理的期待」がある。
「静態期待」とは、例えば来期の利潤が今期の利潤に等しくなると考える期待形成であり、「適応的期待」とは、直近の実現値と期待値の誤差に基づいて期待が修正されるとした考え方である。
一方、「合理的期待」は、期待が形成された時に利用できる情報に基づいた客観的な期待形成であり、不動産鑑定評価基準でいう正常価格とは、限りなく合理的期待に基づく価格形成をおこなっている場合の価格を示していると考える。
現実の不動産市場は、このような合理的期待に基づく価格形成をおこなっているのだろうか。
そのことについては、現実の不動産市場は効率的市場かで検討をおこなっている。

ここで、「合理的期待」と「適応的期待」について検証してみたい。
期待形成のみでは検証ができないことから、不動産価格のモデルが必要となり、最もよく用いられる現在価値モデルを採用する。

                         (1)
期における不動産の価格
期末に得られる賃料
:不動産から得られる収入の期における割引率
Eは期待演算子である。

ここで、データは「現実の不動産市場は効率的市場か」で採用した東京の資産運用物件の価格と賃料のインデックスを用いる。
再度、そのインデックスを示すと、下記のとおりである。

バブル期の後急激に価格が下落し、賃料は概ね横這い傾向であることがわかる。このことから、不動産のリスクプレミアムを含んだ現実の市場における割引率が導かれ、割引率と価格をグラフで示すと、下記のとおりである。

上記現実の不動産市場における割引率を採用し、不動産市場の期待形成として、合理的期待と適応的期待のいずれの価格形成が現実におこなわれているのかを分析するものとする。

(1)式の現在価値関係において、合理的期待形成がなされているとすると、期待演算子を含む部分で、t+1期における現実の価格とt期において予想した期待価格との関係は、次のように誤差項の存在によって違いが示されることになる。

                        (2)

ここで、誤差項は平均がゼロで、情報集合との相関がないものであるが、(2)式に基づき(1)式を一期遅らせて、変形すると

                      (3)

となり、現在価値関係において合理的期待形成を検定するための推定式は、

                   (4)

において、かつの有意性を同時検定することになる。
誤差項に1次の系列相関が認められることから、AR1の一般化最小二乗法をで推定した結果は、次のとおりである。


ここでは誤差項の1次の自己回帰係数の推定値である。
価格に掛かる係数はほぼ1.0であるが、賃料に係る係数は符号条件が正しいものの1とは大きく異なり、かつt-値が低く有意ではない結果となっている。
したがって、合理的期待に基づく価格の期待形成は、現在価値関係では成立していないことになる。

次に、適応的期待が現在価値関係モデルにおいて成立しているかどうかを検定する。
現在価値関係モデルに、適応的期待形成の仮説を適用して検定する場合、ここではTegene and Kuchler(1991)のモデル展開を応用する。つまり、(1)式のを数学的な期待値としてではなく、経済主体の主観的な期待と解釈し、として(1)式を書き換えると、

                         (5)

となる。ここで適応的期待による価格形成を定式化すると、直近の実現値と期待値の誤差に基づいて期待が修正されるとした考え方であることから、次のとおりとなる。

                 (6)

この式は、前期の実現値と期待値の誤差が、期待調整パラメータによって次期の期待に反映されて修正されることを意味している。
上記式の両辺にを乗じてについて式を展開すると、価格について適応的期待の現在価値関係の推定式が下記のとおり導かれる。

               (7)

ここで、は推定における誤差項である。
Tegene and Kuchlerでは、を未知数として非線形最小二乗法で推定しているが、ここでは、上記現実の割引率を外挿して期待調整のパラメータを推定することとした。
合理的期待の分析と同じく、誤差項に1次の系列相関が認められることから、AR1による非線形最小二乗法による推定をおこなった結果は、次のとおりである。


調整パラメータの推定値は約0.68で有意な結果となっている。
このことは、資産運用物件の価格に対する期待として、現実の割引率を考慮した直近の実現値と期待値の誤差が、68%程度修正されて次期に期待形成がなされていることを示している。

即ち、現実の不動産市場は、適応的期待形成をおこなってその価格が形成されているのである。
現実の不動産市場は、ファイナンス市場でいわれる「効率的市場」ではなく、経済学でいう合理的期待に基づく市場でもない。

私たち不動産鑑定士も、市場で取引されている価格を指標として正常価格を判定していることから、合理的期待に基づく価格判定ではなく、適応的期待に基づく価格判定をおこなっているのである。
「あるべき価格」ではなく、「ある価格」を求めているのは、当然の帰結である。

以上


〈参考文献〉
Tegene, A. and Kuchler, F.R. (1991), “A Description of Farmland Investor Expectations,” Journal of Real Estate Finance and Economics, Vol.4, 283-296.
Maddala,G.S,和合肇訳(1996)『計量経済分析の方法』シーエーピー出版.

ⅰ 「計量経済分析の方法」301頁

ⅱ 詳細は、不動産学会誌(第18巻4号)を参照

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