不動産鑑定評価の問題点16 現実の不動産市場は効率的市場か

1.効率的市場とは

市場参加者が何らかの意思決定をおこなう場合、常にその時点において得られる情報集合を利用して将来に対する期待および予想をおこなうものである。
経済学における期待形成理論として、「合理的期待」があるが、「合理的期待」とは、1961年にJ.Muthによってまとめられたものであり、期待が形成された時に利用できる情報に基づいた客観的な期待形成である。

近代経済学では、市場参加者は、「完全情報」をもっていることが完全市場の前提となっているが、ファイナンス理論による市場の効率性の概念は、この「情報」に関する効率性を意味しており、株式や不動産等の資産としての価格が、利用できる情報を常に完全に反映する市場が効率的な市場とされている。
ここで、情報を「完全に反映する」ということは、情報が特定され、その与えられた情報集合に基づいて期待収益が形成されることを意味している。このことを、Jensen(1978)は、簡潔に「情報セットを基礎として取引することで経済的利益を得ることが不可能ならば、情報セットに関して市場は効率的である」と述べている。
また、Fama(1970)は、情報集合に関して効率的市場の理論の中で、効率性を次の3つに区分している。

(1)弱度(Weak Form)の効率性

現在および過去の価格または収益に含まれている情報を分析しても平均以上の利益をあげることが不可能な場合

(2)準強度(Semi-Strong Form)の効率性

現在公表されている情報を全て利用しても平均以上の利益をあげることが不可能な場合

(3)強度(Strong Form)の効率性

現在未公開の情報を含めて、全ての情報を利用しても平均以上の利益をあげることが不可能な場合

すなわち、株式や債券、不動産等の市場においては、希少な資本を効率的に配分するという機能を果たすための前提条件が、市場の情報効率性である。この場合の効率性とは、資源配分の効率性ではなく、その前提となる情報に対する効率性を意味していることとなる。

2.現実の不動産市場

私たち不動産鑑定士は、原則として正常価格を求めている。そしてその正常価格が成立するための市場概念を不動産鑑定評価基準で述べている(「正常価格について」参照)が、現実の不動産市場は、上記効率的市場となっているのだろうか。
市場の定義は、私たちが付けている正常価格の拠り所となるものだけに、最も重要な分析対象と考える。

さて、現実の不動産市場はどのようになっているのだろうか。
不動産市場といってもその市場の範囲は広い。土地の市場、建物付の市場、権利の市場、住宅用途の市場、商業用途の市場、工業用途の市場、賃貸市場等々不動産市場は多くの種類に分類される。
そして、市場の効率性についても実証分析を行うに当たっては、多くの手法がある。
本稿では、東京都区部の資産運用物件を中心として、1986年11月から2004年12月までの週刊「住宅情報」に掲載されたデータを分析した結果を掲載する。
データの抽出方法は、次のとおりである。

・毎月、月初めの冊子のデータ
・「建物の一室」に記載されているデータ
・東京23区内のデータ
・賃料の記載されているデータ

当該データは、売却希望価格と現在その不動産から得られる賃料が記載されており、価格と賃料の関係が同一データで直接把握できるメリットがあり、ヘドニック分析を価格と賃料について同じ定式化で求めた結果を、四半期単位で示すと次のとおりである。

図-1 価格と賃料の推移

上記価格は、1986年第4四半期の約4100万円から、1990年第3四半期の約7000万円まで上昇した後、1999年第4半期まで急激な下落傾向を示し、約1600万円まで下がっているが、その後概ね横ばいから若干の上昇傾向に転じ、2004年第4半期の価格は1800万円である。
一方、賃料は、1986年第4四半期の年間約180万円から緩やかな上昇傾向をたどり、1993年第2四半期において年間約230万円のピークを示した後、1996年第4四半期の年間約170万円まで下落したが、調査期間内は年間約170万円から190万円の間を変動しているに過ぎない。
すなわち、バブル期を挟んで1986年から2004年までの間は、東京の資産運用物件の不動産市場は、価格の急激な上下動に比較して賃料は比較的安定的に推移している状況である。

3.分散制約検定

分散制約テストとは、Shiller (1981) が株価形成の分析でおこなったものである。その原理は、条件付き期待値に基づいた予測は、現実の結果よりも分散が少ないというものである。
を予測すべき変数であるとした場合、最適な予測値は次のとおりである。

                               (1)

を誤差項とした場合、効率的市場においては、は無相関であることから、

                                      (2)

となり、両辺の分散を取った場合

                              (3)

が成立することとなる。
ここで、資産価格の本質を示す現在価値関係の式において割引率を一定とすると、次のとおりとなる。(「r-gの常識?」参照

                 (4)

ここで、価格、賃料、割引率である。
上記式は賃料が期待値であるが、これを事後的な賃料の実現値で置き換えた場合の事後価格は、次のとおりとなる。

                          (5)

すなわち、は将来の配当の流列が明らかである場合においては、いつでも成立する価格であり、効率的市場であれば、事後価格の分散は現実の価格の分散より大きくなることになる。

分散制約テストとは、現実の価格()の分散と事後価格()の分散を比較して効率的市場の検定をおこなうものである。当該テストは、価格及び賃料が定常性を満足していないという問題点は存在するが、価格と賃料の系列が把握できた場合不動産市場の効率性の検定が比較的簡易に可能である。

4.不動産市場の効率性

上記で得られた不動産の価格と賃料の推移について、分散制約テストをおこなった結果は、次のとおりである。

図-2 現実の価格と事後の価格(対数表示)

本稿では、資産運用物件の価格推移に基づき、その対数を取った価格をとし、最終期(2004年の第4四半期)における価格()を現実の価格()と等しいと仮定して、過去の各期毎に現在価値関係の式に基づいて過去の価格系列を求めた。その結果を上図に示している。
ここで事後価格1は、割引率として価格および賃料のインデックスで求めた不動産の収益率の観測期間の平均を採用して求めた系列であり、事後価格2は、割引率を各期の収益率を採用して求めた系列である。

推定期間内における賃料が、図-1に示すとおり概ね安定的に推移していることから、事後価格の推定値は、割引率が可変である場合においても概ね直線的な傾向を示し、現実価格の変動が、明らかに事後の価格の変動を上回っている。事前と事後それぞれの分散の値は、次のとおりである。

                              (6)

ここでは事後価格1を示し、は事後価格2を示している。
時系列の期間において定常となっていないという問題があるが、分散の値は大きく異なることから、上記結果では効率的市場の条件が満たされていないこととなる。
すなわち、現実の不動産市場は、情報に対して効率的に形成されているとはいえず、効率的市場ではない。

資産運用物件の長期時系列データを独自に作成して分析した結果は、その市場は効率的市場ではない。従って、当然のこととして近代経済学でいう完全市場でもない。
私たち不動産鑑定士は、「現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場」と不動産鑑定評価基準で定義されているが、現実の市場での取引事例は必ずしも合理的と考えられる市場で形成されていない。取引事例は、バブル期は社会全体が不動産価格が上昇すると期待していた状況で成立した事例であり、その後は社会全体が下落すると認識し、不動産を処分する方向へ向いていた状況で成立した事例である。そのような中で、取引事例から求める試算価格と正常価格とはどのような関係になるのか。現実の市場を常時分析し、その時代に対応した正常価格というものを、実務家である不動産鑑定士として真剣に考える必要があるのではないだろうか。

以 上

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〈参考文献〉
倉澤資成(1989)「資本市場の効率性:日本における実証研究の展望」『ファイナンシャル・レビュー』.
宮川重義(1985)訳『合理的期待論』、昭和堂.原著:Sheffrin, S.M.(1983), Rational Expectations.
Fama, E.F. (1970), “Efficient Capital Markets: A Review of Theory and Empirical Work, “ The Journal of Finance, Vol. 25, 383-423.
Jensen,M.C. (1978), “Some Anomalous Evidence Regardin market Efficiency,” Journal of Financial Economics,6,95-101.
Shiller, R.J.(1981), “Do Stock Prices Move too Much to be Justified by Subsequent Changes in Dividends?, ”The American Economic Review, 421-436.


〈脚注〉
ⅰ 近代経済学でいう完全市場とは、完全情報の外に完全競争で摩擦がなく、投資家の合理的行動が満たされた市場のことである。
ⅱ 竹下俊彦(H16.5)「不動産市場の効率性と期待形成:展望」参照
ⅲ 竹下俊彦(H18.3)「不動産市場の効率性と価格形成に関する研究」参照
ⅳ Shillerは、割引率を一定として導いていることから、推定期間の平均的な配当金と価格の比率を割引率として一定で採用しているが、本件に関しては、インカムゲインとキャピタルゲインを加算した不動産の収益率を割引率として採用し、推定期間内の平均的な収益率を割引率一定として採用した場合と、期によって異なる割引率を採用した場合を併記している。

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