不動産鑑定評価の問題点12 比準手法と統計手法

不動産鑑定評価の手法の一つに取引事例比較法がある。
取引事例比較法とは、「まず、多数の取引事例を収集して適切な事例の選択を行い、これらに係る取引価格に必要に応じて事情補正及び時点修正を行い、かつ、地域要因の比較及び個別的要因の比較を行って求められた価格を比較考量し」(不動産鑑定評価基準より抜粋)対象不動産の価格を求めるものである。

不動産鑑定評価では、一般的に土地の価格を求める場合は、標準価格方式を採用していることが多い。
標準価格方式とは、近隣地域における標準的な画地(以下、標準画地というが、例えば幅約6mの舗装市道に等高に接面する間口約10m・奥行約20mの戸建住宅地)を設定して、標準画地に対して選択した取引事例と地域要因の比較を行う手法である。そして、その結果から標準画地の価格(一般的には標準価格という。)を求めて、次に対象不動産の個別性を判定してその価格を求める手法である。

では、鑑定評価における取引事例比準はどのように行っているのだろうか。
今、駅からの距離のみによって価格が変化するものとする。

不動産鑑定士は、上図の点で示した多くの事例を収集した中から○をつけた取引事例(対象不動産の所在する地域における標準画地と類似性の高い事例)を選択し、標準画地に対して距離の差による格差を付けて対象地の価格を求めているのである。

今、標準画地から100m遠い地点に対象地とほぼ同質の取引事例Aがあった場合、その事例を10%補正して対象地の価格を求めているとする。
この10%を補正しているということは、上図の青の太い直線で示すような駅距離に対する価格の逓減割合の範囲を、鑑定主体は経験則で知っており、補正していることとなる。

また、その際に適切に比較を行ったにもかかわらず、大きな差が出る場合がある。
それは、その取引事例が隣地買収の事例であったり、早期売却を必要とする売り急ぎの事例であったりした場合であるが、その場合は事情補正を行うことがある。(上図の赤線で経験則の直線に引き戻す作業が事情補正である。)

では、統計手法とはどのようなものなのだろうか。上と同じく駅からの距離により価格が変化しているとすると、単回帰分析では次の図のとおりとなる。

多数の取引事例を含む価格情報を収集した場合、上記のように回帰直線(説明が単純のため直線としているが、直線に限定されない。)を引き、例では駅へ距離が100m異なることにより価格が10%変化していることがわかる。
すなわち、上記のような回帰直線を求めることにより、その傾きで距離に対する価格差が判定できることとなる。

統計手法による回帰分析では、各事例からの誤差が少なくなるように回帰直線を引くものであるが、不動産鑑定士の場合は、多くの事例から最も適合していると考えられる事例を選択して比較を行っているのである。
では、不動産鑑定士はどのような青線を想定しているのか。それは各鑑定主体の経験則であり、駅への距離のみならず、道路幅員、環境の差、公法規制の差等々、それぞれについて格差を付けているのである。これら比準率の参考として、国土交通省監修で全国一律の土地価格比準表があるが、この内容と各鑑定士が経験則で有している比準内容は、地域性を有していることから、通常同じではない。

不動産鑑定士が意識しているか否かは別として、取引事例比較法と統計解析とは切り離せない手法であり、上記経験則の格差率の検証手段として、統計に関する知識は不動産鑑定士に必要なものである。

しかし、統計解析で本当に土地価格比準表はできるのだろうか。
ここで価格を形成する要因を検討してみたい。
不動産鑑定評価基準では、地域的特性を形成する要因として住宅地に限定したとしても

・日照、温度、湿度、風向等の気象の状態
・街路の幅員、構造等の状態
・都心との距離及び交通施設の状態
・商業施設の配置の状態
・上下水道、ガス等の供給・処理施設の状態
・情報通信基盤の整備の状態
・公共施設、公益的施設等の配置の状態
・汚水処理場等の嫌悪施設等の有無
・洪水、地すべり等の災害の発生の危険性
・各画地の面積、配置及び利用の状態
・住宅、池垣、街路修景等の街並みの状態
・眺望、景観等の自然的環境の良否
・土地利用に関する計画及び規制の状態

等多くの要因が不動産鑑定評価基準に記載されており、実務上では、これらの要因を次のとおりに分類して比較を行っている。

○街路条件(系統、連続性、幅員、舗装の状況等)
○交通・接近条件(最寄り駅への距離、商業施設への距離、学校への距離等)
○環境条件(日照、通風、地勢、隣接状況、供給処理施設の整備の状況等)
○行政的条件(用途地域、建ぺい率、容積率等)
○その他(将来動向等)

これらの要因には、数値データと質的データと判断データがある。
例を挙げると、

数値データ:道路の幅員、駅への距離、商業施設への距離、学校への距離等
質的データ:舗装の有無、用途地域の種類、供給処理施設の有無等
判断データ:道路連続性の良否、日照の良否、通風の良否、隣接状況の良否等

数値データはそのまま統計データとして採用することができ、質的データも「ありとなし」「第1種住居地域、第2種住居地域、準工業地域、商業地域等」、等それらを区分することで統計データとして採用できるが、判断データの扱いは非常に困難である。

特に環境条件に判断データが多いが、環境条件が不動産価格に対して与える影響は現実的には非常の大きなものである。
しかし、数値データとしては困難な場合が大半であり、何らかの形で区分する必要がある。
すなわち、隣接状況の良否を統計データとして採用する場合、その程度を何段階かに区分して判断しなければならない。ⅰ

1:良好、2:普通、3:劣る等の3段階
1:良好、2:やや良好、3:普通、4:やや劣る、5:劣る等の5段階

さらに、もっと多くの区分をつけて分類する場合もあるが、多くの問題点がある。
すなわち、上記区分は事例収集の範囲全体についての区分であり、範囲を狭くすれば区分が適切に行われるが、統計解析では膨大なデータが必要であり、範囲を狭くすると必然的にデータが少なくなり、推定結果の信頼性が非常に低くなることがある。ⅱ
収集範囲が広大となると、事例収集は可能であるが、逆にランクが広くなり、鑑定主体が1人でない場合においては、そのランク付けそのものが人によって異なることがある。

一般的に統計解析では、上記のような単回帰で求めることは困難で、多くの要因に対応した多変量解析を用いるが、単純な線形で示した場合は次のとおりである。

ここで、は価格であり、は、道路幅員、駅距離、質的データ、判断データ等の要因である。は要因の変化に対する価格の変化を示している。
多変量解析では、多くの取引事例に上記式を当てはめて、を求め、比準表を作成しようというものである。

この場合、上記各要因はそれぞれ独立である必要がある。独立であるとは数学的には直交していることであり、相互に無関係であることを示している。
しかし、現実には道路の幅員が狭い場合は環境がよくないことが多く、駅と大型店舗が接近して存在する場合、駅への距離と商業施設との距離は近い値となることがあり、一般的に独立性が保てないことが多い。

統計とは、そもそも上記単回帰の図で示したとおり、多くのデータから単純な形(図の場合は単純な線)に変形するものであり、その線から離れている部分は誤差として誤差を最小にするように線を求めているものである。
誤差の中には明らかに理由のある場合もあり、「誤差=誤り」ではないのである。
また、要因同士の直交生を求めることから、必然的に統計上要因を絞らざるを得ない。
統計解析で分析したという論文も多いが、その場合の要因を見ると、数値データまたは区分したダミーデータを採用しているが、要因の数は非常に少ない場合が多いのではないか。

一般的に不動産鑑定士が判断している要因と比べてその数は圧倒的に少ない。
特に、上記環境条件を明示的に組み込んでいる分析は少ない。
また、その信頼性を示す数値として「決定係数」「自由度調整済決定係数」等があるが、実務として比準表に使う場合、少なくとも90%以上の値が出ないと採用できないことが多い。

近年、統計解析を利用することにより、市または町全体の統一的な比準表を作成しようという動きがあるが、統計上の要因の直交性から要因を絞るという本質的な要求と、不動産鑑定士が求めている要因の精緻さとにギャップがあることが多い。

また、比準表を作成した場合においてその結果は、統計上採用したデータ、その時期、データ量、調査した地域、用途(住宅、店舗、工場)等によって大きく変わる。
住宅地については価格水準が概ね同心円上に形成されている場合があることから、可能な場合もあるが、商業地に至っては、位置的にほぼ同じであったとしても、道が一本変わるのみで価格水準が半分になることもあり、統一的な比準表は困難な場合が多い。
その調査した地域によって相当異なることになるのではないか。

私は自分の非才のためかも知れないが、不動産鑑定士が実務で行っているような比準作業を満足する統一的な比準表は、統計手法では困難なのではないかと考えている。
しかし、このことと統計手法を採用しないこととは全く異なる。
鑑定士にとって、統計分析の知識及びその実践研究は非常に重要であると考えている。

不動産鑑定士ほど分析という言葉が好きな人種はいないのではないだろうか。
地域分析に始まり、個別分析、一般的要因の分析、市場分析等々分析という言葉は至る所に現れている。
しかし、言葉で多く現れているほど、実際に分析しているのだろうか。

統計解析には、実務上から見ると多くの限界もあるが、実際に行ってみると逆に多くのことを教えてくれる。私たちがいつも行っている経験則に基づく比準について、補強をしてくれる場合もあるし、若干の訂正を行った方がいいことを教えてくれる場合もある。
単に同一時点のクロスセクションに基づく分析のみならず、時系列的に価格形成要因の変化の程度を考えることも可能である。

私たち不動産鑑定士は、常に多くの情報に接している。また、一般では把握困難な取引事例データを大量に保有している。
これらを分析することにより、定量的に地域の格差を把握することが可能であり、他の公表されている統計データと組み合わせて利用することにより、もっと多くの情報を得ることもできるのではないか。

一般評価のたびにこのような統計解析を行っていたのでは、期限内に鑑定評価を行うことなどとうていできないが、常日頃からもっとデータに親しんで分析研究する集団でありたいと考えている。


ⅰ 必ずしも順位をつけたランクデータである必要はないが、単純化のためそのように記載している。
ⅱ 要因の量が多いと、信頼性の観点からデータの量も多く必要とし、通常の不動産鑑定評価では、上記のとおり多くの要因で求めていることから、統計解析で分析する場合は膨大な量の取引事例を必要とする。

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