不動産鑑定評価の問題点11 賃貸事例比較法

継続賃料の鑑定評価では、不動産鑑定評価基準(以下、基準という)上、評価手法として「差額配分法」「利回り法」「スライド法」「賃貸事例比較法」がある。

平成14年10月22日の東京高裁判決(平成13年(ネ)第6510号)において、継続賃料の鑑定評価手法がことごとく否定されたことから、鑑定評価業界に賃料評価の手法に対する混乱がある。
上記判決に対応して、平成15年10月に日本不動産鑑定協会(以下、協会という)による不動産鑑定シンポジウムが開催され、継続賃料の問題点が討議されており、それを受けて協会で「賃料検討ワーキンググループ」が組成され、平成16年5月に「継続賃料評価手法を考えるために、論点整理」を発表している。
また、「不動産鑑定」にも、大野喜久之輔先生の「継続賃料鑑定評価を再考する。」(2004年11月号、同12月号、2005年1月号)外、多くの意見が掲載されている。

今まで、不動産鑑定業界の関心事は、賃料ではなく価格であった。(ⅰ)
バブル経済崩壊前までは、「不動産=土地」であり、土地価格の高騰に如何に対応するかということが最大の関心事であった。すなわち、更地が中心であり、賃料に対する関心は低かったのが実情である。
しかし、バブル経済崩壊後の継続的な不動産価格の下落に伴い、価格において収益性が価格形成の重要な要素となっている。また、賃料においてそれまで考えられなかった賃料減額の請求が出現してきたことから混乱が起こっているのである。戦後、価格が一時下落したことはある。(昭和40年台後半)しかし、その期間は極端に短く、長い目で見れば戦後一貫して上昇傾向にあり、まして、バブル経済が崩壊するまでは賃料の減額ということはまず考えられなかった。

基準に記載されている継続賃料の手法は、価格下落の時代には対応していないのだろうか。
逆に、地価が上昇していた時期は、継続賃料の手法はきちんと使えていたのだろうか。
私はそうは思わない。元々鑑定評価の手法に唯一絶対の手法など存在していない。多くの側面から見た試算価格を求めて、それがその時代の市場参加者の行動と付合しているかどうかを分析して鑑定評価額を決定しているのである。
試算価格又は試算賃料はある側面(需要サイド・供給サイド、ファンダメンタルサイド・市場サイド、原価サイド・収益サイド等)から見た賃料であり、最終決定額ではない。最終額を決定するのには、市場参加者の行動を分析することが必要なのである。

実際、継続賃料の手法には多くの問題点を抱えており、継続賃料に関しては過去から多くの議論がなされていた。(ⅱ) (しかし、だからといってそれが使えないということではない。)
差額配分法では、まず、例の少ない新規賃料が把握できるのかという大きな問題があり、さらに、新規賃料と現行賃料との開差を如何に配分するかという問題がある。
利回り法では、まず、賃貸借の当事者は利回りで合意したのかという本質的な問題(当事者はその立地に対応した支払能力による賃料で合意しているのであり、利回りで合意しているのではない)があり、その手法上、地代に関しては地価スライドと同じである。
スライド法では、経済変動に伴うスライド率の判定が最も困難であり、多くの指数を採用して査定しているのが多いが、その採用に恣意性が入る。

しかし、問題点を抱えていることとできないことは別である。
価格の鑑定評価に関しても絶対値ではないことから、その決定について多くの困難性がある。私たち不動産鑑定士は、多くの問題点があったとしても現実に価格を決定しなければならない立場である。
それは、継続賃料についても同じであり、“入念な市場調査”を行いその困難性を打破して求めるのが実務家である。不動産鑑定士個人の能力によりできない場合は、速やかにその依頼を断ればいいのであるが、「不動産鑑定士に継続賃料の鑑定評価ができない。」、「鑑定評価手法が信頼できない。」ということには、不動産鑑定業界としてきちんと反論すべきである。
再度記載するが、鑑定評価手法は、一部輻輳しているがある側面から見た手法であり、唯一絶対の手法として採用しているのではない。多くの手法を採用し(多方面から見て)、市場調査を行って最終額決定に導くための試算価格(試算賃料)なのである。

平成2年の基準までは、試算価格・試算賃料は等しく妥当性があるものとして尊重することが、基準に明記されていた。私は、特に賃料評価に関しては、このことに非常に疑問を感じていた。今回の基準改正で、手法の信頼性(基準では“説得力”という言葉を用いているが、ここでは、信頼性とおきかえる。)により、価格決定に当たりどの手法から求めた価格を重視するかを判断することとなったが、特に賃料に関しては、その手法の性格が大きく異なる。
すなわち、差額配分法と利回り法は、不動産の価格に主体を置いた手法であり、スライド法は賃料に主体を置いた手法である。
その前提が異なる手法において、異なる結果の出た試算賃料に対して、鑑定評価の主体が市場調査により市場参加者の行動を明らかにするのが、試算賃料の調整の問題である。

地価下落期の現在に限らず、地価上昇期においても継続賃料の各手法は使いづらい手法であった。
差額配分法では、新規賃料と現行賃料との差額が大きく開き、その配分率で分母を大きくしている場合がある。また、利回り法において、利回り法補正として差額配分法と同じく求めた賃料との差額を配分している場合も認められる。スライド法では、そのスライド率に地価や消費者物価指数等の指数を加重平均して恣意的に求めている場合も多い。

一方、不動産鑑定士は、「弱者保護の立場から、賃料を上げるべきではない。」とか、「賃料の見直しなので、新規賃料並みに上げるべきだ。」とか、その人個人の主義・主張で賃料を求めているのではない。もし、求めている人がいたとしたら、それは不動産鑑定士ではない。

では、なぜ、差額配分法で分母を大きくし、利回り法で補正を考え、スライド法でスライド率を恣意的に求めるのだろうか。
恣意的な採用がなされているということは、“ある賃料”に近づけるための方法ではないか。
私は、近づける必要はなく、それぞれの手法を適用して大きく試算賃料が乖離しても、その理由を説明し、賃料を決定すればいいと考えているので、恣意的な用い方は行っていないが、このような鑑定評価書の作り方は、「等しく妥当性がある」という過去の基準の考え方には即していない。

では、“ある賃料”とは何なのだろうか。
“入念な市場調査を行い”と前述したが、賃貸事例比較法について述べたい。
確かに、契約の類似性、物的な類似性、時間的な類似性を満たす賃貸事例は少ないのが実態である。そして、賃貸事例比較法を鑑定評価書に記載するまでの信頼性は低いのが事実である。しかし、そのことと賃貸事例調査を行っていないこととは明らかに異なる。
継続賃料の水準、継続賃料の変更の状況等は、聞き込みによる地道な市場調査である程度把握できることが多い。鑑定評価の手法として前述の、差額配分法、利回り法、スライド法があるが、それ以上に大切なのは継続賃料の市場調査である。

すなわち、市場調査により、“ある賃料”がある程度判明しているのである。その“ある賃料” に向けて、各試算賃料の判断項目について恣意的な判断をしていることになる。
逆にいえば、市場調査を行わずに、上記評価手法を適用しているのは、単に手法を適用したのみで、市場の裏付けのない単なる試算賃料である。
いずれにしろ、試算賃料を求めて、それが市場実態と如何に合致しているかを検証して初めて試算賃料の持つ信頼性が把握できるのである。

不動産鑑定評価は実践理論であり、市場を把握しなくて不動産の鑑定評価が行われるのではない。机上の空論ではないのである。
差額配分法、利回り法、スライド法は単なる手法であり、その求めた試算賃料がどれだけ信頼できるのかは、市場調査で把握するしかない。市場調査の結果、最も信頼できる手法が明らかになるのであり、鑑定評価書にその旨が記載されるのである。逆にいえば、それができていない鑑定評価書であれば、その手法を否定されても仕方がないであろう。

私は、価格の鑑定評価において、最も信頼性の高いのは比準価格だと述べた。(比準価格が最も重要な試算価格参照)
それは継続賃料についても同じである。
私たち不動産鑑定士は、その手法のみで価格又は賃料を決定しているのではない。その背景に市場における実態調査がなければならないと考えている。



不動産鑑定評価基準は、当初昭和30年代の地価高騰による宅地問題の解決のために昭和38年に制定されている。その時点では「賃料」に関する鑑定評価基準はなく、昭和44年に「宅地見込地」と「賃料」の鑑定評価基準が一本化されて現在の不動産鑑定評価基準の元となっている。(現在の基準は、平成14年に改正されている。)


昭和49年「不動産鑑定」の9月号に、鑑定セミナーとして「継続賃料の実務上の問題点をめぐって」が掲載されており、昭和50年4月に協会の調査研究委員会が「継続賃料鑑定評価の具体的手法について」を発表している。
昭和55年11月には、同調査研究委員会が「借地権・借家権及び継続賃料の鑑定評価」を発表しており、さらに、昭和57年3月に協会の指導研修委員会が「継続賃料の特別研修会」を開催している。
また、継続賃料の鑑定評価に関して、多くの不動産鑑定士が著書を発行している。

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