不動産鑑定評価の問題点06 実際実質賃料か実際支払賃料か

(貸家及びその敷地の鑑定評価について)

1.はじめに

貸家及びその敷地の鑑定評価を行う場合において、収益価格は鑑定評価額決定の重要な試算価格であるが、その収益価格を求める場合の賃料として、実際実質賃料と実際支払賃料のいずれを採用するのが理論的なのだろうか。

現在の不動産鑑定評価基準(以下、基準という)では、貸家及びその敷地の鑑定評価を行う場合ついて、次のとおり記載されている。

実際実質賃料に基づく純収益等の現在価値の総和を求めることにより得た収益価格を標準とし、積算価格及び比準価格を比較考量して決定する。(アンダーラインは筆者)

この記述は、平成2年に改正された基準から採用されたものであり、それまでの基準では、次のとおり実際支払賃料から試算価格を求めるものとしている。

実際支払賃料に基づく純収益を還元して得た収益価格を標準とし、積算価格及び比準価格を比較考量して決定する。(アンダーラインは筆者)

ここで、賃料を図示するとその関係は次のとおりである。

prob06_fig1

支払賃料とは、賃料の支払時期に支払われる賃料のことである。
実質賃料とは、貸主に支払われる全ての経済的対価であり、純賃料と必要諸経費等を含んでいる。このうち純賃料の部分を実質純賃料という。また、支払賃料と権利金、敷金、保証金等の一時金の運用益及び償却額と併せて実質賃料を構成している。
支払賃料、実質賃料の前に「実際」とついているのは、各支払時期に現実に支払っている賃料を実際支払賃料といい、運用益や必要諸経費を含めて実際実質賃料といっているのである。

現基準と平成2年までの基準では、採用する賃料の内容を変更しているが、特にこのことについて詳述している内容はあまりない。
実際実質賃料と実際支払賃料とではその内容が全く異なることになるが、どちらかが間違いであったのだろうか。それとも内容的には同じことなのだろうか。
平成2年の基準及び現基準では、留意事項に次の記載が付け加えられている。
「一時金の授受後における期間の経過に伴う土地、建物等の価格の変動により、一時金としての経済的意義が薄れているときは、その実際実質賃料に代えて実際支払賃料に基づく純収益を求め、当該純収益を還元して収益価格を求めることができる。」
と記載されており、実際支払賃料に基づいて評価を行う場合は、一時金の経済的意義が薄れているときであるとしている。

このことは何を意味しているのだろうか。

本稿では、貸家及びその敷地の鑑定評価において、どちらの賃料を採用するのがより理論的なのかを簡単な記号を用いて検討し、例示をあげるものとする。
そしてその結論は、実際実質賃料を標準として鑑定評価額を決定することが理論的であるが、実際の鑑定評価を行うにあたっては、実際支払賃料を採用した収益価格に敷金額そのものを考慮して鑑定評価額を決定するほうがより適切であることを説明する。

ここで、正常実質賃料と実際実質賃料の差、及び正常支払賃料と実際支払賃料との差は、新規賃料の場合と継続賃料の場合に該当し、実質賃料を採用するほうが理論的か支払賃料を採用するほうが理論的かという本質的な内容とは異なることから、正常賃料でもって論を進め、最後に継続賃料の場合で正常賃料と差がある場合を記載するものとする。
なお、一時金には預かり金的性格を有する一時金として敷金と保証金、賃料の前払い的性格を有する権利金等が存在するが、本件に関しては敷金のみを対象とする。

2.実質賃料の論拠

支払賃料、実質賃料共にその内容として必要諸経費を含むが、必要諸経費は元本である不動産価格との直接的な関係を説明するものではないことから、ここでは純賃料のみを対象としている。実質賃料か支払賃料かの論点において必要諸経費は関係しないことから、純賃料を賃料として以下論ずることとする。

ここで、符号を次のとおりとする。

 :不動産の完全所有権としての価額
 :敷金額
 :正常実質賃料
 :実際実質賃料
 :正常支払賃料
 :実際支払賃料
 :適正利回り

正常実質賃料とは、不動産の完全所有権としての価額に対応した適正賃料のことであり、通常の経済人が自己の所有している不動産を賃貸借する場合に、当然に要求する賃料のことである。
正常実質賃料は、下式で求めることができる。

                  (1)

現規準で述べている貸家及びその敷地の収益価格は、(1)式で示される不動産の価額()を左辺として採用した場合、上記正常実質賃料を利回りで還元して収益価格を求めることである。

                    (2)

ここで、敷金を前提として正常実質賃料を求めると、次のとおりである。

           (3)

右辺の第1項はの敷金を前提とした正常支払賃料であり、第2項は敷金の運用益を示している。

                (4)

不動産の完全所有権としての価額は、(4)式を(2)式に代入した結果、正常支払賃料と敷金運用益を加算した正常実質賃料を還元して不動産の価格を求めることとなる。
すなわち、不動産の価格は正常実質賃料に基づいて導かれるものであり、現規準の実質賃料に基づいて収益価格を求める論拠はここにある。なお、正常実質賃料と実際実質賃料が異なる場合は〔5〕で述べるが、本質的に不動産の価額は実質賃料に基づいて求められるものである。

                (5)

3.支払賃料の論拠

では、支払賃料に基づいて収益価格を求めることは誤りなのだろうか。
実質賃料に基づいて収益価格を求めることに問題はないのだろうか。
その問題点を示す前に、正常支払賃料に基づいて収益価格を求める方法を記載する。
上記(5)式を変形すると、次のとおりである。

                  (6)

この式の右辺第1項は、正常支払賃料に基づく収益価格であり、不動産の完全所有権としての価額は、正常支払賃料に基づく収益価格に敷金額を加算したものとなっている。
そして、不動産が売買されても新所有者に敷金の返済義務が引き継がれることから、取引実態において、価格から敷金額が控除されるのが一般的である。
すなわち、実際の取引では、次のとおりとなる。

                  (7)

平成2年改正前の基準では、実際の売買における総額を鑑定評価額として求めることを前提としているものと考えられ、その場合は上記のとおり支払賃料に基づく収益価格で鑑定評価額を求めることとなる。しかし、あくまで不動産の完全所有権としての価額は( )であることから、敷金額を考慮しなければならない。
ここで、依頼目的によって価格が異なることになるが、売買を目的とする場合は、目的と鑑定評価額の関連を明記して、支払賃料に基づく収益価格を標準として鑑定評価額を決定してもいいのではないだろうか。
一方、貸家及びその敷地を所有している所有者の資産を評価する場合には、支払賃料に基づく収益価格に敷金額を加算しなければならない。

また、現基準で、「一時金の授受後における期間の経過に伴う土地、建物等の価格の変動により、一時金としての経済的意義が薄れているときは、その実際実質賃料に代えて実際支払賃料に基づく純収益を求め、当該純収益を還元して収益価格を求めることができる。」と記載していることは、(6)式で敷金額が極端に小さく無視できる場合は、支払賃料に基づく収益価格で求めても結果としてほとんど変わらないことをいっているのである。

4.実質賃料を採用することの問題点

上記のとおり、実質賃料を採用することが理論的であるが、実質賃料を採用することと、支払賃料を採用して敷金額を金額として加算することは、内容的には同義である。
しかし、現実として実質賃料を採用することには、大きな問題点がある。
それは、敷金という現金を評価していることと、適正利回りの把握の問題である。

まず、現金を評価できるだろうか。
敷金とは現に預かっている金銭である。
返還債務を引き継ぐとして(7)式に基づき、敷金額を控除した価格または支払賃料に基づく収益価格で取引した場合においても、敷金額だけ支払わなかった訳だからその分敷金と同じだけの現金が残っていると解釈でき、敷金とは現在所有者が預かっている現金である。
およそ、現金について割引計算を行うということは、次の場合に限定される。

・将来の金額を現在に割り引く場合
・毎期入ってくる金額を現在価値に割り引く場合
 

 しかるに、敷金は現在所有している現金である。
不動産の価値は、価値尺度として金銭(すなわち貨幣額)で表示するものであり、現在の現金はあくまで敷金額そのものである。
また、利回りの問題がある。
基準には、期待利回り、割引率、還元利回り等多くの利回りの概念が記載されている。今回の基準改正で割引率が導入され、還元利回りと割引率の関係はきちんと整理されたと考えるが、期待利回りと割引率はどう違うのだろうか。
この2つの利回り概念は、前から見るか後ろから見るかの違いだけであり、現実的には同じ利回りなのではないだろうか。また、運用利回りという概念もある。これはおそらく現金に対する運用を考慮しての概念だと思われるが、非常に問題がある。

具体例を示そう。
期待利回り、敷金の運用利回り、割引率、結果的に出てくる還元利回りを全て同じにした場合、理論的に整合することとなる。

prob06_fig2

 

(注)
売買する場合は、現所有者は敷金として200万円預かっていることから、800万円で売買すれば価値1000万円で変わらないことになる。
買い主は、敷金返還債務を引き継ぐことから800万円で買えば1000万円の資産を得たことになる。

上記では敷金額として200万円預かっており、運用利回りと期待利回り及び割引率を同じとした場合は、1年の期間を経た場合においても同じ資産価値を持っているが、いま、運用利回りを5%に変更してみよう。
そうすると、1年後の運用益を加算した敷金の額は210万円となるが、これを割引率10%で割り戻したとする。そうすると現在の敷金額の評価は(210万円÷1.1=190万円)となり、現在の200万円の現金を190万円と評価していることになってしまう。

一般的に将来の還元利回りを、リスクがあるということで現在の期待利回りより高めに設定する傾向があり、また、運用利回りに金融資産の低い利子率を採用し、割引率に不動産の期待利回りとして高い利回りを採用する傾向があるが、現金が介在すると非常におかしな結果となる。
敷金という現金が介在した場合は、運用利回り、期待利回り、割引率、還元利回り全て同じ数値を採用する必要があるのは自明であるが、一般の不動産鑑定の実務で運用益を考慮している場合、利回りは同じだろうか。違う率を採用している場合が多いのではないだろうか。

5.結論

現金という資産が介在するから理論的に矛盾をきたすのであり、貸家及びその敷地の鑑定評価に関しては、敷金をそのまま採用すればいいのではないか。
すなわち、実質賃料を採用することと、(6)式で示すとおり支払賃料を採用した収益価格と敷金額を加算することは同じ意味を持つことから、異時点間の敷金の割引計算を矛盾なく説明するには、(6)式で評価を行った方がよいと考える。
従って、貸家及びその敷地の評価手法は、支払賃料に基づく収益価格に預かり金的一時金の敷金を加算したものとなる。

支払賃料に基づく収益価格に預かり金的一時金を加算する
 

なおこの場合、目的により鑑定評価額はその内容が変わることとなり、売買では敷金の返済義務を引き継ぐことから、支払賃料に基づく収益価格を標準として鑑定評価額を求め、所有者の資産価値の鑑定評価においては、敷金額を加算して鑑定評価額を求めるということになる。そして、その目的と鑑定評価額との関連を鑑定評価書に明記する必要がある。
現在の実質賃料に基づいた収益価格を標準とした場合、売買の鑑定評価の場合は、求めた価格から敷金額を控除する必要があり、現金を評価しているという問題があることから、上記のほうが遙かに分かり易い鑑定評価書になると考える。

ここで、敷金の性格を明らかにしておきたい。
敷金とは預かり金的一時金といわれるが、その具体的内容は不動産という資産価値の一部を一時的に現金(金銭)という資産に変更したものであり、それを返却することによりいつでも不動産という資産に戻ることにある。返却に伴い所有者がいつでも不動産という資産に復帰することができることから、所有者の不動産資産の中に敷金額は含まれるものである。

6.正常実質賃料と実際実質賃料が異なる場合

今までの内容は、新規に賃料を設定して1期の異時点間で説明を行っており、正常賃料の中で結論をつけているが、現実では貸家となっている継続賃料の場合、正常実質賃料と実際実質賃料が異なる( )場合が多い。すなわち差額賃料が発生していることとなる。現実の貸家及びその敷地の鑑定評価とは、このような場合になされることが多く、その場合は次のようになる。
差額賃料の額を( )とすると、次のとおりとなる。

                (8)

(6)式に代入すると

             (9)

となり、不動産の完全所有権としての価額は、右辺第1項の実際支払賃料から求めた収益価格に、第2項の賃料差額を還元した価格を加算し、更に敷金額を加算したものとなっている。
(9)式を移項し、実際支払賃料に基づく収益価格に敷金額を加算した内容に修正すると、下式のとおりとなる。

             (10)

すなわち、継続賃料の場合で正常実質賃料と実際実質賃料が異なっている場合、左辺は貸家及びその敷地の不動産価額であり、その内容は、完全所有権としての不動産の価額から賃料差額に基づく減価分を控除した価格となっている。この減価分が借家権価格相当額であり、貸家減価の内容である。
従って、貸家及びその敷地の鑑定評価においては、実際支払賃料に基づく収益価格に敷金額を考慮することが理論的である。
すなわち、貸家及びその敷地の鑑定評価額は、

実際支払賃料に基づく収益価格に預かり金的一時金を加算する
 

ということになり、前記と同じく鑑定評価の目的が売買の場合は、実際支払賃料に基づく収益価格が鑑定評価額決定の標準的な価格となり、所有者の資産価値を鑑定評価する場合は上記収益価格に敷金額を加算することとなる。

以上

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