千思万考23 「更地に始まり、更地に終わる。」

昔のことであるが、私が鑑定評価の仕事を始めたころ、それも3年間の鑑定実務を終えて鑑定士になった頃のことである。工場財団の鑑定評価においては、当時最先端を行っていたベテランの方とよく一緒に仕事をさせてもらった。
私が補助者の時代から非常にかわいがっていただき、よくお話をさせていただいたが、「鑑定評価は更地に始まり、更地に終わる。」というようなことをよく言われていた。
当時は、鑑定士になりたての頃であり、一とおり仕事も覚えてきた頃であったので、「更地に始まり」は理解できるが、もっともっと難しい評価をたくさん行いたい頃であり、また、実際に多様な評価依頼が来ていた時代であったので、「更地に終わる」ということはないだろうと内心思っていた。

最近よく都会の鑑定士から何かにつけ、「地方は更地しか需要がないでしょう。」と言われる。それは、地方都市では、不動産鑑定評価の依頼が、地価公示、地価調査、固定資産評価、国税評価等々の公的評価(公的評価では更地価格を求めるのが一般的である。)が仕事であり、その他の仕事は少ないと言っているのである。
その中には、「更地」は鑑定評価の仕事として易しく簡単であるという一種の差別的な意味合いも含まれているのではないだろうか。
また、地方の鑑定士も、あいさつ程度かも知れないが、自虐的に「私たちは更地専門です。」と言ったりする。
実際に地方都市が更地評価しか行っていないかといえば、それは全く違うのではないだろうか。少なくとも私の住む実質人口約60万人の地方都市では、民間からの依頼も多い。

「更地」は、本当に簡単な評価なのだろうか?
現在、地価公示、地価調査、相続税路線価、固定資産税路線価等々の公的な価格が公示されており、誰でも価格水準を把握しようと思えば、日本全国どこでもおおむね把握することができるようになってきている。この点は昔と大きく変わっている。
「更地に終わる。」と言ったのは、昔の鑑定士だからそう言ったに過ぎないのだろうか?
このようなことを考えるのは、それなりに私も年月が経ったからなのかも知れないが、最近「更地に終わる。」と言った意味が少しわかるような気がする。
どのような複雑案件でも、まず、更地価格が基本となることに異論はないだろう。
まず、更地価格を求めなければ、すべての鑑定評価がスタートできないのである。

 ここで、上記公的評価を当然重要視はするが、それに準拠してさえいれば更地価格は事足りると考えるとすれば安易なのではないだろうか?
不動産は生き物である。需要が集中すれば価格が急騰する。また、需要がなければ価格が急落しているはずである。ただ、需要の集中している時期や地域、需要の認められない時期や地域には、そもそも取引事例が把握できない場合が多い。所有者はこれから必ず高くなると思えば、売却を控えるだろう。また、買い手がいない場合には売却しようにも売却できない。
すなわち、不動産価格の急変時には鑑定評価の手法として最も重要な取引事例比較法の適用が難しい場合が多い。

 上記公的評価は、地域のバランスが特に重要事項であることから、価格決定がもっぱら地域バランスに終始し、価格の急変時の「今」に対応しているとは言い難い。少なくともその公的評価が決定されているのは、半年から1年前である。
最も基本となる更地価格が、市場実態を反映していない場合があるとすれば、それを元にして求めた付随する価格は、すべて砂上の楼閣になってしまう。
更地とは、融通無碍であり、隣地と一体となってその形状・規模を変更することも可能であるし、合法的であればどのような建物でも建築することができる。また、建築された建物によって地域が影響を受け、地域の土地価格が変化する場合もある。
社会経済情勢が非常に不透明で、人々の欲求にも多様性があり、不確実性の強い今日、将来動向も踏まえた現在の更地価格をつけることは、多くの公的評価がある今の時代でも非常に難しいものであり、鑑定士が最も頭を悩ますもののひとつである。 

「更地に始まり、更地に終わる。」とまでは思わないが、バランス論のみに終始した公的評価のみでは、市場実態に対応した鑑定評価を行うことは困難なのではないかと、最近よく思う。

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