千思万考16 「恩師の引退」

ホームページを開設して5年が過ぎた。
今年はあまり更新できなかったことを反省している。
昨年は、「正常価格」といういままで私の中で非常にもやもやとしていた難題に取り組み、なんとか私なりの結論には至った。しかし、不動産鑑定評価基準で明確に定義している正常価格を、今後どのようにしていくかについては、多くの問題点が残っている。

今年は、中国会(中国不動産鑑定士協会連合会)の研修テーマとして、「地方都市における中心市街地の活性化」を取り上げた。
この問題を検討するのに多くの時間を使ってしまった。10月16日に研修会を実施したが、論文を提出していただいた多くの不動産鑑定士、講師の先生、事務局等々本当にお世話になった。
もうすぐ冊子ができあがる予定である。

今回の研修会を行うに当たり、まず、中心市街地という概念が非常にわかりづらかった。全国の多くの都市で出されている中心市街地の基本計画を見ると、中心市街地として概ね1km四方か、2km四方を考えているようである。不勉強かもしれないが、中心市街地活性化と、今まで言われている商店街の振興策との違いが未だによくわからない。ある一部の地域を活性化するよりも、人口減少が続く中、その都市全体の将来像をどうするかという視点が最も大切なのではないかとつくづく感じている。

話は変わるが、何かを学ぶ際、全て先達がいる。
学問、スポーツ、人生、仕事、技芸、等々を学ぶ場合、その先達たちから様々な教えを受けるのが一般的だが、それぞれの分野で私には恩師がいる。
今回は、仕事上の恩師のことを書いてみたい。
もう数十年前になるが、私がこの資格を取って、仕事を覚え始めた頃、なかなか仕事のできない私を導いてくれた恩師が、今年引退して鑑定業界を去った。

不動産鑑定の仕事については、専門外の職種の戸惑いもあり、私は何をするにも鈍重で、理解が遅かった。
数地点の評価があったときのことである。事前調査、実地調査、事後調査(3度も行くのは恥ずかしいことであるが、私は、さらに日曜日を使ってもう一度行っている。)と何度行っても、説明会でその場所を明確に思い浮かべることができなかったほでである。今考えれば、本当に多くの先輩に迷惑をかけたことだろう。

鑑定業界の人間国宝と言われた方、収益還元法の大家と呼ばれた方、工場財団の大家と言われた方、等々、本当に多くの主査(補助者に対して、教えてくれる人のことを私たちは主査という。)に教えていただいた。その意味では非常に恵まれた補助者時代を過ごしたと思う。
しかし、その中でも私が恩師と思える方は一人だけである。

多くの主査に教えてもらった後に補助者になったのだが、補助者としての期間は丸6ヶ月である。その間、実地調査に行っても依頼者と私が話をしたことはない。全て主査が話をするのを横で聞いていただけである。
そして、提出書類は私が素案を作るのであるが、いつも家に持って帰って頂き、次の日に訂正した書類を見せていただく毎日であった。
その間、私が書いた書類は、精一杯文言を残そうとしてくれたにも関わらず、残るのは半分以下であった。ほとんど訂正され、あるときはその筋書きさえ全く変更されていた。
当時の生意気な私が見ても、訂正された内容には全く太刀打ちできず、いつも「いつかは直されない書類を作りたい。」と思うばかりであった。

しかし当時は、仕事でもがくばかりであった。
あれから何年も経ち、今わかることは、恩師といえる方は、その時の主査である。
ある意味で、文章を通じて、行住坐臥その人の考え方を体感したということであり、私の今の血となり肉となっている。

補助者を続けて6ヶ月経ったある日、かなり難しい仕事だったのだが、依頼者を呼んで説明会を行うことになった。それまで、依頼者と話をすることもなかったが、その席で、突然「説明をするように。」と言われ、本当に驚き、ワイシャツの下の胸に汗が流れるのを体感しながら、しどろもどろで説明したことがある。
それが、おそらく卒業試験だったのだろう。
その後、私が新米の鑑定士であるにもかかわらず、主査になる仕事を多く与えられ、未熟な私に多くの補助者を付けていただいた。
考えてみれば、6ヶ月という僅かな期間に過ぎないが、私にとっては、珠玉の6ヶ月だったと思っている。今、私がこの仕事をし、曲がりなりにも何とかなっているのは、すべて補助者だった頃に本当に真剣に教えていただいたおかげである。

当時と今では不動産鑑定士の試験制度が変わり、最短ではわずか1年間、現実の依頼に対応するのではなく、主査の想定する条件に基づく不動産について鑑定評価書を書くことで、不動産鑑定士となることの危うさを思う。
試験制度では、期間としては3年コースもあり、いつも想定の不動産ではないかも知れないが、依頼者と直接面談し、主査の考え方を依頼との対応で教えてもらうことは、ほとんど無くても受かる制度となっていることは事実である。

そのような中で、本当に恩師と言えるような主査をもてることが可能なのだろうか。
あまりにも経験が少ない中で鑑定士となり、資格を取って独立した鑑定士については、誰も鑑定評価の内容を真剣に批判してくれる人は居ない。独自に努力する以外ない。
しかし、資格者となってからの努力、経験では遅いのではないだろうか。危険性も伴う。資格者となる前に必ず行っておかなければならない経験を、素通りしてしまう可能性がある試験制度に危うさを感じている。

私は、恩師を持てたことを本当に良かったと思っているし、そのような経験をしない人が多いことを残念に思う。

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