不動産鑑定評価の問題点30 正常価格再考

1.はじめに

このサイトを立ち上げるにあたり、正常価格についてを記載した。
平成14年の基準改正について、最も重要な論点として、最初に「正常価格」があげられており、改正を受けて、私なりの考え方を述べたのであるが、今、読み返してみて、当時の“要説不動産鑑定評価基準”の影響を受けて、「ある価格」や「あるべき価格」の結論にやや重点を置いているように思う。


そこでの結論は、“不動産鑑定評価基準における正常価格は、その定義について、昭和39年基準から現在まで、基本的には何ら変更はないと考えられる。”とした。
このことについて、自分自身ずっとひっかかっていた。
平成12年7月に国土交通省地価調査課が出した「不動産鑑定評価基準の見直しの検討方向」の第1番目に「Ⅰ.価格概念の整理及び業務範囲」として、下記のとおり記載されている。

1.正常価格
現在の概念と同一のものと整理する。ただし、以下の点について、より明確にする。(注:アンダーラインは筆者、以下同じ。) 

(1) 正常価格は「あるべき価格」(ゾルレン)ではなく、現実の不動産市場で成立する価格(ザイン)である。



 

正常価格の概念は同一と書かれている。私も基本的には同じであると考える。では、なぜ定義の文言を変更する必要があったのか。(1)でゾルレンとザインについて記載しているが、この問題に決着をつけるための変更というのでは、あまりにも論理が浅いのではないかと考えていた。
本稿では、平成14年基準改正の正常価格の定義について、再度考えてみたい。

○なぜ、定義に変更を加える必要があったのか。
○その結果として正常価格に変化はあったのか。
○また、正常価格の定義の故に、なぜ不動産鑑定士が苦しんでいるのか。

私は、平成14年基準改正の正常価格に対するキーワードは、次の2点であると考えている。

定義の中に、“現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場”と記載されたこと
市場の説明の中の、“対象不動産が相当の期間市場に公開されていること”と記載されたこと

2.一般の自由市場からの決別

正常価格について、想定する市場をどのようなものにするかは、定義における最も重要なことであるが、不動産鑑定評価基準においては、その定義の文言が3度変更されている。

①昭和39年基準
不動産が一般の自由市場に相当の期間存在しており、売り手と買い手とが十分に市場の事情に通じ、しかも特別な動機をもたない場合において成立するとみられる適正な価格

②昭和44年基準

市場性を有する不動産について、合理的な自由市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格

③平成14年基準

市場性を有する不動産について、現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格

 

すなわち、正常価格を求めるにあたり、想定している市場は、次のとおりである。

一般の自由市場(昭和39年)

合理的な自由市場(昭和44年)

現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる市場(平成14年)

 

昭和39年の一般の自由市場と、昭和44年の合理的な自由市場とは、全く同義であることは、正常価格についてに記載した。
では、平成14年の基準改正ではどうだろうか。概念の変更がないとすれば、なぜ、文言を訂正する必要があったのだろうか。
以前も述べたが、今更ザインとゾルレンの決着をつけるために、このような定義の変更を行ったのではないと、私は考えている。
それは、昭和39年基準の“一般の自由市場”からの決別ではないだろうか。
昭和39年の基準を作成した櫛田光男氏の著わした「不動産の鑑定評価に関する基本的考察」には、次のとおり記載されている。

“「一般の」というのは、公開のもので、通常の人であるならば誰でも市場人として参加できるということです。「自由市場」というのは、その中で市場人が合理的に行動する、つまり前述した極大の原則に従って行動するということについて、外部から何らの制限をうけることがない、という意味です。”

 

国土交通省は、平成14年以前の定義である平成2年基準(昭和44年基準と同じ)と、正常価格の概念は変わらないといっており、このことは、昭和44年基準が言葉を言い替えただけに過ぎないことから、昭和39年基準とその概念は同じであると言っているのである。
私は、昭和39年の「一般の自由市場」と定義したことに、その後の正常価格について、ザインかゾルレンかという論争が長く続いた原因があると思っている。
櫛田光男氏は、その深い思考、明確な論理において右にでるものはなく、不動産鑑定の世界において、最も尊敬されている方であり、信奉者は非常に多い。
私のような、浅学非才の鑑定士がこのようなことを述べること自体、猛烈な反発をされそうであるが、それでもあえていいたい。

正常価格は、当初の「一般の自由市場」の定義に問題があった。

私たちが価格をつけているのは、不動産の価格であり、その属する市場は不動産市場である。不動産の市場が「一般の自由市場」であることを想定することが可能なのだろうか。正常価格は、ある想定した市場において成立する価格であるが、その想定する市場が「一般の自由市場」でいいのだろうか。

昭和39年基準における櫛田光男氏の一般の自由市場とは、通常の消費財と同じ市場を不動産市場に想定して、その市場の中で需要と供給により成立する価格を正常価格としているのではないだろうか。
昭和39年基準の不動産の価格に関する諸原則の中の需要と供給の原則として、下記のとおり記載されている。

 

“一般的な経済法則としての需要と供給の原則についてみれば、完全な自由市場における一般商品の価格は、その需要と供給との相互関係によって決まり、また、逆に商品の価格は需要と供給に影響する。
しかしながら、不動産は、地理的位置の固定性、不増性、個別性等の点で、一般商品とはかなり異なった特性をもっているだけでなく、その市場が限られているために、一般商品についての需要と供給の原則と、不動産についてのそれを全く同一視することはできない。“

 

一般商品と不動産を比較してその市場の違いを述べていることは、不動産という財の特殊性を、一般商品を扱う市場論で説明しようとしており、一般商品に対応して、「一般の自由市場」という定義になったのではないか。

3.不動産の市場とは

不動産は、ここでいう一般商品とは全く異なる市場である。
経済学では、通常、一般商品としての完全競争市場においては、下記の条件が満たされている市場であると考えている。

生産物は同質
経済主体は多数存在
経済主体が行動する際、他の経済主体に与える影響を考慮しない
完全情報
市場への参入及び退出は自由

これらの条件により、プライステーカーとして行動する多数の経済主体からなる市場を完全競争市場といい、需要曲線と供給曲線の交差する均衡点で市場価格が決定されるというものである。
しかし、上記のような市場と不動産市場を対応して考えることができるだろうか。
不動産は、ストックとフローの市場を有していることから、株式と同じく資本市場に分類されることが多いが、不動産は、株式とも全く異なっている。
不動産は、その存在量に比較して、市場に供されて売買が成立する不動産は、極端に少ないものである。不動産の存在量を横軸、価格を縦軸にとった場合、不動産市場は次のように著わすことができる。




(注)顕在市場は“相当の期間市場に公開されている”ことに対応している。

「不動産市場として顕在化した市場」の図 

不動産は、その存在量に比較して、現在利用されており供給に供されない不動産が圧倒的に多く、市場に供給されている量が少ない。今、供給されていない不動産が存在する領域を「潜在市場」、現実に売買市場に供されている不動産の存在する市場を「顕在市場」と名前をつけることにする。
2つめのキーワードである“対象不動産が相当の期間市場に公開されていること”とは、顕在市場に存在することを意味しているのである。
顕在市場と潜在市場の境界は非常に曖昧で、不動産を所有している人は、いつでも顕在市場に供出することができるが、その時の所有者の状況、社会経済情勢、その属する地域、不動産の種類によって、大きく左右されることになり、不動産の種類に対応した供給量の多寡を調査することも鑑定評価上の市場分析の重要な要素である。
また、不動産の供給は硬直的であることから、供給曲線を縦の直線で引かれることも多いが、私たちが通常不動産の市場を見るに、全体に占める供給量が少ないとしても、不動産市場では、相対的に同質であると考えられる不動産の集合体があり、その中で需要と供給の交差する結果として取引事例が把握されるのではないだろうか。従って、不動産の供給曲線は、顕在市場において右上がりになるものと考える。

4.正常価格とは

平成14年の基準改正で、現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場という文言を入れて、市場を定義していることは、昭和39年の基準による一般の自由市場から不動産市場へと定義を大きく変更していることを意味している。
櫛田光男氏のいう一般商品の市場では、現実の社会経済情勢の下でという文言を加えて市場を定義する必要はなく、合理的と考えられる市場で十分である。不動産市場では、存在量に比較して極端に少ない供給量が、現実の社会経済情勢に対応して大きく変化することから、需要と供給に対する影響が大きく、現実の取引価格が変動するのではないだろうか。
私たち不動産鑑定士は、制度発足以来当然のこととして、不動産市場における不動産の価格をつけているのであり、このことが、概念は同じということになったのだと思う。従って、平成14年の基準改正は、あくまで概念は同じであるが、その市場の定義が、昭和39年基準から大きく変更されたのだと思っている。
では、正常価格とは一体どのような価格なのだろうか。
私は、上記不動産市場の特殊性をうけて、“対象不動産が相当の期間市場に公開されていること”という文言を考慮した場合、下記のとおりになると考えている。

正常価格とは、不動産の顕在市場における均衡点である。

すなわち、上記図の需要と供給の交点である均衡点を正常価格と命名しているである。
このことは、比準価格を最も重要視することを示しているが、取引事例があったからその価格が即正常価格であると言っているのではない。不動産の価格は株式等のように価格が明示されていないことから、当然のこととして当事者間の情報量の差、置かれている状況に左右されて個別に形成され、取引事例の大量把握によって、その均衡点を私たち不動産鑑定士が市場になりかわってつけているのである。
過去からの膨大な時系列データ、現在時点の膨大な横断的データを得て始めてその均衡点を把握できるのであり、市場分析、取引事例の事情把握が最も重要なファクターである。

5.正常価格の定義によって不動産鑑定士はなぜ苦しんでいるのか

正常価格の定義によって、不動産鑑定士はなぜ実務で苦しんでいるのだろうか。
それは、依頼目的と正常価格の関係である。
正常価格は、依頼目的によって変化しないのだろうか。
現在の正常価格の定義では、どのような依頼目的であっても正常価格は同一価格であると考えられる。(不動産の価格は、一般商品の市場のように価格が決まり、公開されているものではないことから、あくまでも担当した不動産鑑定士の中で、依頼目的によって変化しないという意味である。同じ不動産鑑定士が、同一地点、同一時点、同一条件で鑑定評価した正常価格は唯一のものである。担当者が異なると、当然に判断内容に差があることから、正常価格は異なる場合が多く、このことをもて、同一鑑定士の正常価格に幅があるという問題ではない。)
私の考えている顕在市場の均衡点という定義においても、依頼目的によって正常価格が変化するものではない。
しかし、不動産鑑定評価には依頼する目的がある。売りたい、買いたい、融資を受けたい、担保に取りたい、裁判で決着したい、相続財産を確定したい、課税したい等々、本当に多くの目的がある。このような目的に対して、全く変わらない正常価格でいいのだろうか。
このことから、不動産鑑定士の中から、正常価格ではなく、“依頼目的に対応した適正価格”をつけた方がいいのではないかという意見が多く出されることがある。現実に、正常価格では買えない、正常価格では売れないということが多く認められる。
このことに、不動産鑑定士は苦しんでいるのである。

苦しんでいる理由は、依頼された不動産が顕在市場にあるか、潜在市場にあるかという問題が根底にある。私たちが不動産の鑑定評価を依頼された場合、その不動産はその目的のために既に市場に出されているものなのだろうか。相当の期間市場に公開されているのだろうか。
依頼される不動産は、未だ潜在市場に存在しているのである。潜在市場に存在する不動産について、相当の期間市場に公開されている顕在市場の均衡点の価格をつけることを、正常価格は要請しているのである。全く市場に顕在化していない不動産が、その供給量の少なさの故に、市場に顕在化した場合、需要と供給が変化する可能性もあり、必ずしも現在の顕在市場の均衡点であるとは限らない。
また、全く顕在市場に出す意志のない不動産について、顕在市場の均衡点で買収するということが可能なのか。よほどの公権力を持たないと無理なのではないだろうか。

私たちが、現実の不動産鑑定の依頼を受け、売却目的の場合その付けた価格で売れるかどうかを考えないだろうか。また、買収目的の場合その付けた価格で買収できるかどうかを考えないだろうか。全く考えずに(意識しているか否かは別として)均衡点で価格をつけることを正常価格で要請していることが、不動産鑑定士を苦しめているのである。

6.おわりに

私は、現在の正常価格の定義が必要でないとは思っていない。それどころか最も大切に思っている。それは、正常価格という市場の均衡点の定義があるからこそ、そこから派生する目的別の価格が体系立てるのであり、正常価格の定義を無くすと、単なる依頼目的別の価格として、価格論に筋がとおらないことになる。
依頼目的に対応した価格として、現在不動産鑑定評価基準では、限定価格や特定価格が存在する。限定価格とは、隣地買収のように一般的に高く買っても経済合理性がある場合の価格であり、特定価格とは、“法令等による社会的要請を背景とする評価目的の下で”という前提がついているが、民事再生法や会社更生法による早期売却を前提とした価格を求めており、これらは、すべて正常価格から派生するもので、依頼目的による適正価格ではないか。

私は、もっと広く依頼目的に対応した適正価格という概念を不動産鑑定評価基準に持ってくるべきであると考えている。そうすることによって、不動産鑑定士の価格を付ける場合の矛盾も解消されるが、このことは、いたずらに依頼者に迎合した価格を付けることをいっているのではない。
あくまでも、正常価格の定義は絶対的に必要であり、正常価格との関係において依頼目的による適正価格を実務において定義するべきであると考える。
正常価格というきれいな文言のみで、不動産鑑定評価基準の価格論を述べるべきではない。

 

以 上


ⅰ 昭和46年4月、(株)住宅新報社
ⅱ 昭和44年基準では、既に需要と供給の原則の中から「一般商品」という文言は消えており、“一般に財の価格は、その財の需要と供給との相互関係によって定まるとともに、その価格は、また、その財の需要と供給とに影響を及ぼす。・・・・・”となっており、現在の基準と全く同じである。
ⅲ 野口悠紀雄氏の、「土地の経済学66ページ」では、年間に取引される土地は、土地ストックの2%程度であると記載している。