不動産鑑定評価の問題点29 基本的考察の不動産価格論

1.はじめに
不動産の鑑定評価に関する基本的考察は、不動産鑑定評価基準(以下、制定された年をもって昭和39年基準というように記載する。全体を指す場合は単に基準と記載する。)の第1章に記載されているものであり、昭和39年基準から存在する。昭和39年基準を作成するための審議会において、当初はなかったものが、検討の最終段階で、「不動産の鑑定評価に関する基本的考察」として、櫛田光男氏の起草によって、第1章として加えられたものである。

その内容は、不動産鑑定評価の基本となる内容を記載したもので、昭和44年基準、平成2年基準、平成14年基準、現在の平成19年基準と脈々と受け継がれている。
基準の第2章以降は、鑑定評価の具体的な内容に入っているが、基本的考察は不動産の財としての特殊性及びその価格論、鑑定評価の必然性が記載されており、その内容の高さ・深さにより、不動産鑑定士の中において信奉者の多い部分である。

基本的考察の中で、不動産の価格に対する本質的な考え方がどのようになっているのか、また、どのように変遷しているのかを検討する。

2.不動産の価格について
平成19年基準では、第1節の「不動産とその価格」に、次のとおり記載されている。

「・・・この不動産のあり方は、その不動産の経済価値を具体的に表している価格を・・・」(アンダーラインは筆写による。以下同じ)
・・・①

 

この内容は、平成14年基準、平成2年基準も全く同じである。
一方、昭和44年基準と昭和39年基準では、次のとおりとなっている。

「この不動産のあり方は、・・・・その不動産の価格のいかん、・・・」
・・・②

 

昭和39年基準におけるアンダーラインの「不動産の価格」を、平成2年基準において、「不動産の経済価値を具体的に表している価格」と書きかえているものであり、このことは、次の「不動産の価格について」の説明でより具体的に記載されている。

平成19年基準、平成14年基準、平成2年基準では、不動産の価格について、次のとおり記載されている。

「不動産の価格は、一般に、
(1)その不動産に対してわれわれが認める効用
(2)その不動産の相対的稀少性
(3)その不動産に対する有効需要
の三者の相関結合によって生ずる不動産の経済価値を、貨幣額をもって表したものである。・・・」
・・・③

 

一方、昭和44年基準と昭和39年基準は、経済価値に括弧書きで「交換価値」と説明を加えている。

「不動産の価格は、一般に、
(1)その不動産に対してわれわれが認める効用
(2)その不動産の相対的稀少性
(3)その不動産に対する有効需要
の三者の相関結合によって生ずる不動産の経済価値(交換価値)を、貨幣額をもって表したものである。・・・」
・・・④

 

第2節の「不動産とその価格の特徴」には、平成19年基準、平成14年基準、平成2年基準に次のとおり記載されている。

不動産の経済価値は、一般に、交換の対価である価格として表示される・・・」
・・・⑤

 

昭和44年基準では、主語が不動産の価格となっており、価格に狭義の価格であることが括弧書きで付け加えられているが、昭和39年基準にこの記載はない。

不動産の価格は、一般に、交換の対価である価格(狭義)として表示される・・・」
・・・⑥

 

3.不動産の鑑定評価について
基準の第3節は、不動産の鑑定評価について述べている。

「不動産の鑑定評価は、その対象である不動産の経済価値を判定し、それを貨幣額をもって表示することである。」
・・・⑦

 

この記載は、昭和39年基準から平成19年基準まで全く同じ文章である。
また、不動産の鑑定評価に関する法律の第2条に次のとおり記載されている。

第2条
この法律において「不動産の鑑定評価」とは、不動産(土地若しくは建物又はこれらに関する所有権以外の権利をいう。以下同じ。)の経済価値を判定し、その結果を価額に表示することをいう。

 

上記第2条は、不動産の鑑定評価の定義として設けられた内容であり、法律で経済価値の内容を記載する必要はないが、基本的考察では、鑑定評価の定義の前に価格と経済価値の関係を書いている。
基本的考察では、ここまでに求める経済価値は何かということについての説明が必要なのではないだろうか。即ち、どのような経済価値を判定するのかの説明が必要ではないだろうか。

一方、平成19年基準の第3節の最後には、次のとおり述べられている。

「不動産の鑑定評価とは、現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格を、不動産鑑定士が的確に把握する作業」
・・・⑧

 

この内容は、平成14年基準に「正常価格」の定義が変更されたことにより、変更を加えられたものであり、平成2年基準、昭和44年基準、昭和39年基準には、次のとおり記載されている。(ここでは、正常価格については触れないので、正常価格についてを参照されたい。)

「不動産の鑑定評価とは、合理的な市場があったならばそこで形成されるであろう正常な市場価値を表示する価格を、鑑定評価の主体が的確に把握する作業」
・・・⑨

 

4.価値と価格の関係はどのようになっているのか
①では、「不動産の経済価値を具体的に表している」ものが「価格」であり、⑤では、「不動産の経済価値は、価格として表示される。」と書かれていることから、価格と経済価値の関係は次のとおりである。

    『経済価値=価格』

一方、③では、「不動産の価格は、・・・不動産の経済価値を、貨幣額をもって表したもの」となっている。

    『価格=経済価値を貨幣額をもって表したもの』

不動産の鑑定評価とは、⑦で記載されているように「対象である不動産の経済価値を判定し、貨幣額をもって表示すること」であるが、循環論になっており、不動産の鑑定評価とは、単に、不動産の価格を判定する作業として定義されているのと同じとなってしまう。つまり、基本的考察で不動産鑑定評価の定義として書かれていることは、定義になっていないのである。
このことは、不動産の価格と求める価値に対する説明が、ここまでになされていないことが原因である。
「経済価値」という言い方は、およそ不動産を含めた経済財を扱う場合には、「価値」という名称と同義で使われるものであり、経済価値では具体的な価値の内容にはならない。

一方、第3節の最後に記載されている内容は、正常価格の定義の変更に伴う修飾語が付いているが、いずれも、「市場価値を表示する価格」を求めることが不動産の鑑定評価であるとなっており、市場価値を表示する適正な価格が不動産鑑定評価で求める経済価値となっている。
従って、『経済価値=市場価値』となっているが、なぜ、このような回りくどい記載方法になっているのだろうか。不動産の鑑定評価で求める価格の定義としては、市場価値を求めることを最初に持ってきた方がいいのではないだろうか。
鑑定評価で求めている(経済)価値は、市場価値であり、市場価値を表示する価格を鑑定評価で求めているのである。

また、昭和39年基準と昭和44年基準では、『経済価値=交換価値』となっており、基準の基本的考察においては、具体的に記載されていないが、次のような枠組みで構成されており、このことは、基準が経済学における新古典派の影響下にあることを示している。

    『経済価値=市場価値=交換価値=(市場)価格』

基準の中においては、上記のとおり価値に対する表現及び定義はほとんどなされていないが、これは、意識的に価値という記載を少なくしたようである。
昭和39年基準の審議委員であった嶋田久吉氏は、その著書の中で、次のとおり記載している。

「なおこの基準では本質的に論説の多い価値という表現をなるべくさけ、ただちに価格に入っていることにお気づきのことでありましょう。それは当初から意識的に、この基準が実践的な必要性を背景に持っていることにかんがみて」

 

しかし、基本的考察を起草した櫛田光男氏は、価値と価格についての考え方を、口語体でわかりやすく残されており、その著書から価値と価格の部分のみを末尾に参考として掲載した。

5.価値の多様性について
「価値」という名称が付されるものは非常に多い。例えば、
・使用価値と交換価値
・個別価値と市場価値
・現在価値と将来価値
・主観(的)価値と客観(的)価値
・経済(的)価値と社会(的)価値
・絶対(的)価値と相対(的)価値
・本質(的)価値

その他、「的」と付けることにより、更に多くの価値が生まれてくる。文化(的)価値、歴史(的)価値、宗教(的)価値、芸術(的)価値、学問(的)価値、倫理(的)価値等々。

私は、「価値」は、個々人がその持つ背景に応じてそれぞれの事象、物事に対して価値を見いだしているものであり、一般性があるものではなく、非常に哲学的な意味を持つものであると考えている。

しかし、経済財を扱っている私たちが「価値」というときは、一般的に経済(的)価値を意味し、価値の源は何なのか、何が価値の水準を決定するのかは、過去、経済学者の大きな争点であった。
その中で、限界効用学説と労働価値説が生まれており、新古典派の経済学では、価値付けの原理として限界効用を用い、価値の評価が貨幣で表れるとしており、商品の価値は「市場価格」によって表されることとなる。

固定資産税における適正な時価は、「客観的な交換価値」であるとする最高裁の判決が出ている。客観的な交換価値、正常な交換価値、適正な交換価値、客観的な市場価値、正常な市場価値、適正な市場価値、公正な市場価値等々、交換価値や市場価値に「正常」「適正」「公正」等の修飾語をつけて定義がなされているが、本質的には、交換価値及び市場価値には当然のこととして客観性が含まれているのではないだろうか。

私は、基準に基本的考察のもっと最初の部分で「不動産鑑定評価で求める価格は、市場価値である」ということを、きちんと出すべきではないかと考えている。

【参考】基本的考察の「価値と価格」について
「不動産鑑定評価に関する基本的考察」の7に「不動産の価格―価値について」として詳細に記載さしている。(□で囲った中が引用である。)

【価値について】

まず、価値とは何かを考えてみたいと思います。それは、通常、財の有用性(誘意性)を実現するものであるといわれます。つまり、あるものがわれわれの役に立つときに、そのものを価値ありと称します。この価値は財そのものに固有するものではありません。財にあるのは有用性であって、これを人間が実現するときはじめて価値ということが出来るということ、つまり価値というのは一つの関係概念であるということにまず注意せねばなりません。

 

【使用価値について】

このコップは役に立つぞと私が思えば、この役に立つということだけで、私自身にとってはそれは価値あるものとなるのであります。ほかのお方に役に立つであろうか、なかろうかということは問題ではありません。このような価値を使用価値といいます。

 

【交換価値について】

それは、平穏かつ自発的な交換によって他の財を支配する力であります。そしてこの他の財というのは、現在のこの社会においては貨幣であります。貨幣を通じてほかのものと交換する・・・(中略)
私がコップを手放す動機はペンを買いたいとか、いろいろありましょうが、とにもかくにもこれを手放すということ、そしてその対価として貨幣が手に入るということがなければなりません。それが出来ますときその貨幣を持って表示されただけの交換価値をもつということになるのであります。通常私どもが価値というときには、むしろこの交換価値というものをさします。

 

【交換価値と使用価値について】

使用価値はあまりに個人的、主観的であります。・・(中略)
交換価値というものは少なくともそのものに対する二人の主観が一致するということを必要な条件としていますので、その限りにおいて、それは客観的なものであります。

 

【市場価値について】

更に進んで今日のわれわれの社会においては、市場(マーケット)があって、そこで多数の個人的主観が淘汰され、ろ過され、一つの市場価値というものが絞り出されます。これは二人の主観の合致をこえて多数の主観の競合の結果到来するものであります。・・(中略)
使用価値が交換価値となり、この交換価値が市場で形成されて市場価値となり、最も客観性のあるものとなるのであります。

 

【価値と価格について】

価格というのは、このような交換価値、つまり市場価値を貨幣額をもって表示したものであります。

以 上


ⅰ 改訂不動産鑑定評価の基礎知識(78ページ)、嶋田久吉、昭和42年4月、文雅堂銀行研究社
ⅱ 本稿では、正常価格以外の価格概念である「限定価格」「特定価格」「特殊価格」については、考慮しないものとし、期間概念を含む「賃料」についても考慮しないものとして論を進めるものとする。
ⅲ 不動産には、広義の意味における価格として所有権以外の権利利益に基づく様々な価格が形成されることから、交換の対価としての価格と限定している価格を、狭義としているものと考えられる。
ⅳ 改訂不動産鑑定評価の基礎知識(79ページ)、嶋田久吉、昭和42年4月、文雅堂銀行研究社
ⅴ 最高裁判決(平成15年6月26日第一小法廷)
ⅵ 不動産の鑑定評価に関する基本的考察、櫛田光男、昭和46年4月、(株)住宅新報社

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です


*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>