不動産鑑定評価の問題点27 過去と未来

「10年先の未来を完全に予測できるだろうか。」と聞いた場合、全ての人が「不可能だ」と言うだろう。
では、「だいたい予測できるだろうか。」と聞いた場合はどうだろうか。この場合でも、「難しい」と答えるに違いない。
また、「これが10年後の予測です。」と人から聞いた場合、ほとんどの人たちは「信頼できない。」と思うのではないだろうか。

およそ10年後のことを明確に予測するということが可能なのか。「予想」、「想像」に過ぎないのではないだろうか。そうでなければ、楽観的に他の事象が変化しなければという前提を暗黙の内において、予測しているに過ぎない。

バブル期の1990年頃に、その直後にバブルが崩壊すると予測した人はいただろうか。
また、バブル崩壊期にその後15年近く不動産価格が下落すると予測した人がいたのだろうか。
現在、不動産価格は一部の地域で上昇傾向にあるが、今から10年後にどのようになっているかを現在明言できる人がいるのだろうか。

逆に、「10年前の過去に起こったことを知っているか。」と聞いた場合、社会的に大きな影響を及ぼしたことという条件が付くが、自分の地域で起こったこと、自国で起こったことについてほとんどの人は、「知っている。」または、「調査することはできる。」と答えると思う。発生した事象の解釈となると、人によりその判断は異なる場合があるが、発生した事実は事実として存在するのである。
過去に起こった事象より、未来の予測の方が信頼性が高いということは一般的にはあり得ないことである。

不動産の鑑定評価は、不動産の価格を数字で持って表示するという使命を持っていることから、当然に何時時点の価格かを明示する必要があり、不動産鑑定士が鑑定評価を行う場合、一般的には現在時点の鑑定評価を行っている。

不動産の鑑定評価を行うためには、多くの手法があるが、時点というものを中心として考えてみたい。
過去に基づいて不動産価格を求めていく手法には、原価法、取引事例比較法があり、未来に基づいて不動産価格を求めていく手法に収益還元法がある。
原則として、現在時点の資料は存在しない。「今」起こったことは既に過去の事象であり、現在時点に発生した事象ではないのである。統計的な資料としては、数ヶ月から1年程度遅れるのが一般的であり、私たちが価格付けを行っている地価公示・地価調査も、その価格時点と発表時点では3ヶ月程度遅れを伴っている。

当然のことであるが、現在時点において未来の資料などあるはずがない。
原価法で採用している数値、取引事例比較法で採用している取引事例については、明らかに過去の資料であり、現在時点の資料ではない。
従って、現在時点の鑑定評価を行う場合、常に異時点間の修正の必要が生じる。
一般的に、異時点間の問題とは、将来時点と現在時点のことをいうことが多いが、過去と現在も異時点間の問題であり、不動産鑑定評価の実務では、次のように修正しているのである。

過去から現在:時点修正
未来から現在:割引

即ち、過去から現在時点へ収斂させる方法として「時点修正」を施し、未来から現在時点に収斂させる方法として「割引」を行っているのである。「時点修正」と「割引」は、過去→現在→未来と流れる時間の中において、現在時点に収斂させるための手法であり、現在時点を中心として表裏の関係にあるものなのである。
「時点修正」と「割引」は、鑑定評価の世界において非常に重要な要素を占めているのである。

取引事例比較法の時点修正については、不動産鑑定評価基準には次のことを勘案することとなっている。

・多数の取引事例の時系列的な分析
・国民所得の動向
・財政事情及び金融情勢
・公共投資の動向
・建築着工の動向
・不動産取引の推移等の社会的及び経済的要因の変化
・土地利用の規制、税制等の行政的要因の変化等

これら一般的要因の動向を総合的に勘案し、求めることとなっているが、“地価公示、都道府県地価調査等の資料を活用するとともに、適切な取引事例が乏しい場合には、売り希望価格、買い希望価格等の動向及び市場の需給の動向等に関する諸資料を参考として用いることができるものとする。”と記載されている。

一般的には、地価公示や地価調査の変動率を重視する傾向が強いが、前述のとおり、地価公示や地価調査は、鑑定評価の価格時点からは過去時点である。また、上記で箇条書きをした資料については、通常は年単位で相当遅れた資料となることが多い。
即ち、現在時点を判断する資料としては、非常に心許ないものである。鑑定評価を行う場合、バブル崩壊期において、過去の地価公示や地価調査の変動率(上昇率)を採用した場合は、下落発生の時期を誤ることとなり、下落が継続した時期には、上昇発生の時期を誤る原因となる。

私は、不動産鑑定評価基準で、一般的な資料の後に記載されている“売り希望価格、買い希望価格等の動向及び市場の需給の動向等に関する諸資料”の方がより重要であり、売り希望価格、買い希望価格の調査を、もっと重要課題として行う必要があるのではないかと思っている。
これらの価格は、地価公示や地価調査の後、価格時点までの直近の時点修正の生きた資料であり、現在時点を最も明確に示す資料である。

割引率については、不動産鑑定評価基準では、DCF法で採用する率を割引率といい、直接還元法で採用する率は還元利回りと区別しており、割引率を求める手法として、下記のとおり記載している。

・類似の不動産の取引事例との比較
・借入金と自己資金の割引率を構成割合に応じて加重平均
・金融資産の利回りに不動産の個別性を考慮

一般的には、上記の方法を勘案して割引率を求めているが、収益用不動産の取引事例を多数把握することは困難であり、類似の不動産の取引事例との比較は困難性を伴う。借入金と自己資金の構成割合も、不動産の用途・地域・購入者の資金状況等により大きくばらついている。また、金融資産も安定的な利回りからリスクを含んだ利回りまで様々であり、不動産の個別リスクを定量的に把握することは非常に困難である。
しかし、割引率の誤差は不動産価格に与える影響の程度が、時点修正率の誤差と比較して非常に大きくなる。

時点修正率は、過去における価格に変動率をかけるものであり、仮に時点修正率に誤差が出たとしてもその結果は誤差を拡大することがないのに比較して、割引率は将来の収益を割引率を用いて割るものであることから、割引率の誤差の影響は結果として格段に異なるのである。(割引率を一定の条件で集約すると単純な直接還元法の「価格÷還元利回り」となり、還元利回りの1%の変化が大きな影響を及ぼすこととなる。DCF法においても10年後の復帰価格について直接還元法を用いていることから、同様な影響を与えることとなる。)

過去から現在に修正して求めた価格と、未来から現在に修正して求めた価格では、明らかに過去から現在に修正して求めた価格の精度が高い。DCF法で採用する10年間の期間を前提とした収益価格は、その不確実性の故に、極論すれば10年前の過去の取引事例を時点修正して求めた価格より信頼性が劣るといえるのではないだろうか。

不動産の鑑定評価を行う場合、一般的に10年前の取引事例を採用することはあり得ない。また、鑑定評価書として通用するものでもない。この変化の大きな時代において10年間という期間は、予測不可能な期間である。

平成19年に不動産鑑定評価基準が改正され、「証券化対象不動産の価格に関する鑑定評価」が、各論第3章に追加されてDCF法が精緻化されている。
私は、収益分析が必要ないというつもりは全くないが、市場参加者が収益を基準として取引価格を定めているとしたら、その結果は、取引事例に表れるはずである。取引事例を分析する方が、収益価格の精緻化より重要なのではないかということを指摘したい。
新スキームの実施により、取引事例の収集が以前に比較して容易になった今、取引事例を現実に調査する私たちの業界において、取引事例の分析をより詳細に行うことが最も重要であると考えている。

以 上


ⅰ ○年○月○日というように価格時点を明示することが義務づけられているが、通常は鑑定評価書を発行する直前であることが多い。厳密な意味で価格時点と現在時点「今」とは異なるが、ここでは「鑑定評価書を発行する直近の時点を現在時点と呼ぶこととする。
ⅱ 現実に、バブル期には私たち不動産鑑定士のみならず、多くの有識者もその崩壊期を確実に予測できなかったと感じている。

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